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山形六日町教会

2017年7月30日

聖書:出エジプト記20章1~3節 コロサイの信徒への手紙2章9~10節
説教シリーズ 教理-4「イエスは神」波多野保夫牧師

本日から、ここに掲げられました十字架の下で礼拝を守ります。十字架は主イエス・キリストがその死をもって示して下さった、神様の愛の象徴です。しかし、ここに立っていますと主イエスの言葉、これは先ほど寒河江長老が読んでくださいましたが、「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(マタイ16:24)このみ言葉が強く感じられます。これは大変に重い十字架の様に感じられます。しかし、主はおっしゃるのです。11:30 わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。(マタイ11:30) それぞれが主の栄光のために重荷を担う。しかし、その重荷は主が共に担って下さる重荷です。いやむしろ主が担って下さっている重荷のほんの一部に加わることなのでしょう。主のみ業に加えていただく、その光栄を背中に感じつつ、また皆さんの方からはその栄光を見上げつつ、み言葉を聞いて参りたいと思います。
週報に記載されています説教題に、教理‐4 とあります。月の内の2回はルカ福音書の連続講解説教を、2回はテーマに基づいた説教シリーズを続けてきています。「月の第5聖日は教理のテーマでみ言葉を聞いていきたい。」この様に申し上げたのは2014年12月でした。それ以後一年に一回のペースに留まっているのは、ひとえにわたしの勉強不足のせいです。この点は率直にお詫びします。 「教理」とは、キリスト教の教えの中心を言葉にして表したもので、「終末論」「罪」「信仰義認」をとりあげてきました。さらに「信仰告白」はそれ自体、教理の塊りと言って良いのです。私たちの信仰の要点を告白するからです。
神の言葉である聖書をどの様に理解するのか。実はこれはそう自明のことではなく、聖書理解をめぐって多くの論争があり、あるいは教会の分裂にまで至ったことも、歴史の語るところです。極端な例を挙げれば、アメリカの南北戦争の時には南軍も北軍も同じ聖書を読んでいたのです。聖書の告げる真理を正しく読み取ることはそれほどたやすいことではないのです。私たち改革長老教会の伝統では、全体教会の会議が定めた信仰告白によって聖書を読み理解します。そして牧師はその信仰告白に基づいて説教します。信仰告白は聖書の語る真理に基づいて、聖霊の助けを祈りつつ教会会議が制定しますが、一旦制定されるとこんどは、この信仰告白に基づいて聖書を解釈するのです。ブーメラン効果とでも言いましょうか、聖書に基づいて定めた信仰告白が聖書の読み方に方向付けをするのです。しかし、神の言葉としての権威を持つのは聖書だけで、あくまでも聖書が基本ですから、信仰告白は時代によって修正されたり新しく告白されたりするのでが、全て全体教会の会議において、聖霊の導きを祈り求めつつなされます。この関係を「聖書は規範する規範。信仰告白は規範される規範。」このように言います。もう少し易しく言えば、「聖書は信仰告白を含めてすべての権威に勝る神の言葉。信仰告白は聖書に基づいて告白されるにも関わらず、聖書の勝手な読み方を許さない全体教会の祈り。」この様になります。
私たち山形六日町教会が属します日本基督教団の信仰告白は1954年第8回教団総会において制定されましたが、この教団信仰告白は、戦前の教会合同以前に山形六日町教会が属していました、日本基督教会が1890年に制定した信仰告白、これは日本人の手による最初の告白ですが、この1890年信仰告白を受け継いでいるのです。日本基督教会信仰告白、そして日本基督教団信仰告白は共に、三位一体の神を信じる信仰を告白しているのです。「主イエス・キリストによって啓示せられ、聖書によって証しせられる唯一の神は、父・子・聖霊なる三位一体の神にていましたまふ。」この様に三位一体の神を告白します。私たちは今日三位一体の神、すなわち父・子・聖霊がその本質において一つであることを、言わば当然のこととして告白していますが、教会の歴史の中においてこれは最初から自明のことであったのではなく、多くの戦の末に確立された教理なのです。

本日は、この三位一体の内「イエスは神」である、という部分に集中したいと思います。先ほど聖書を2か所読んでいただきました。出エジプト記20章は十戒を記していますが、その第一戒は3節 20:3 あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。です。同じように最初に読んでいただいた、コロサイの信徒への手紙は使徒パウロの書いた書簡ですが9節10節で、 2:9 キリストの内には、満ちあふれる神性が、余すところなく、見える形をとって宿っており、2:10 あなたがたは、キリストにおいて満たされているのです。キリストはすべての支配や権威の頭です。この様に述べています。旧約聖書の世界では神を見たものは死なねばならないとはっきり語られています。神は預言者たちを用いてその御心を伝えられたのであり、神を見たものは一人もいません。しかし、今や神はキリストの形をとって地上に宿られたのであり、私たちはキリストに従うことによって、全ての支配と権威から自由になることが出来る、この様にパウロは告げます。ヨハネ福音書 1章18節にも いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。 この様にあります。キリスト以外の全ての支配と権威は、神ならぬ者すなわち悪魔の支配と権威だと言って良いでしょう。私たちの心を何が満たし支配しているのか。楽に豊かに暮らしたい、人に良く思われたい、尊敬されたい、威張っていたいなどなど。だれでも心の片隅をかすめる自己実現の願望ですが、これらは悪魔の得意技です。私たちは人生における様々な場面において優先順位を変える必要があります。自己実現の欲望から隣人を愛することへです。その時、私たちの心は自由と平安で満たされます。なぜなら、共にいて下さる主イエスが喜んでくださるからです。もはや悪魔の支配は打ち破られました。主の復活は死をも乗り越える悪魔への完全な勝利です。この勝利者キリストはすべての支配や権威の頭であり、唯一頼るべき方だとパウロは証言するのです。ですから、もしイエスが神でないのであれば、使徒パウロは第一戒「20:3 あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。」を破って、「イエスなる人物を神にまつり上げる悪魔の手先」ということになります。この問題はしばらく置いておきましょう。

さて、キリスト教の歴史は主イエスの誕生から始まり、30歳になって以降3年程「神の国」の到来に備えて「悔い改めて神に立ち返る」よう、各地に説いて歩かれた際の教え、神に逆らい続ける人間の罪を負っての十字架での死、この死は私たちと神との和解を可能にした死でしたが、さらに3日目に復活なさったこと、これらの証人として弟子たちが力強く福音を述べ伝えたことによって広がっていきました。1世紀のローマ帝国のコインには次の様な刻印が彫られていたそうです。・皇帝アウグストスによる他に救いは見出し得ない・他のいかなるものによっても救いがもたらされることは無い・皇帝シーザーこそは平和と幸福をもたらす主だ
十字架刑によって死んだパレスチナ地方の大工の息子に従う者達が、大ローマ帝国むかって、皇帝が神であることを大胆に否定して、「復活なさった主が500人以上に現れたのだ。主イエスは生きておられる。」この様に力強く証言したのです。鶏が鳴く前に3度主イエスを知らないと言って、こそこそと逃げ出したあのペトロもその一人なのです。
聖霊の豊かな働きによって教会は多くの苦難を乗り越えて発展していきます。説教シリーズ「受け継ぐ者達」において使徒言行録を読み始めましたが、使徒言行録は、復活の主の出来事から、使徒パウロが逮捕されローマの、おそらくは牢獄で死を迎えた時までを証ししています。これは西暦60年頃の出来事ではないかと言われています。今日の説教題を「イエスは神」としましたが、イエスが神なのかどうかが教会を揺るがす大問題となったのは実は西暦300年に入ってからの事でした。週報の裏のページに簡単な年表を書いておきましたのでご覧になりながら聞いて下さい。60年頃にパウロがローマで獄死したと言いましたが、この時代の皇帝はネロ。彼はローマの大火災をクリスチャンのせいにして迫害しました。しかし、当時の迫害は散発的であり、教会は「イエスは主」と言う信仰を受け継ぐ者達によって、地中海沿岸の各地に建てられ発展していきました。実際、迫害が極めて激しくなったのは、西暦249年にローマ皇帝になったデキウス帝の時代からで、数えきれない殉教者が出たと記されています。257年に教会禁止令、258年には全教職処刑令が出されています。304年にディオクレティアヌス帝は皇帝とローマの神々への礼拝を強要し、棄教、すなわち信仰を捨てないものは死刑に処するとの命令を出しました。信仰のゆえに迫害されることは、この日本の歴史においても確かにありました。先般、遠藤周作原作の『沈黙』が映画化された際に、キリシタン禁制の高札の話をしましたが、取り払われたのは明治6年でした。山形六日町教会創立期の宣教師たちに影響を与えたのです。さらに第2次世界大戦中、キリスト教は敵国の宗教だとして弾圧され、それに屈することのなかったホーリネスの群れの牧師が投獄された記録が残されています。私はこの様な時代に生きることがなくて良かったとしみじみ思います。それと同時に再びそのような状況に至らないために、平和な世界の実現を願うのです。8月の第一主日に当たります来週は特に平和を願って礼拝を守ります。日本基督教団戦争責任告白を唱和し平和への祈りを篤くしたいと思います。
さて、西暦300年代に入りますと、それまで苦しい迫害の時代を耐えた教会を取り巻く状況が一変するのです。西暦313年ローマ皇帝コンスタンティヌスは「ミラノ勅令」を出して宗教の自由を宣言したのです。歴史家は、当時陰りの見えたローマ帝国を再建するために、迫害下でも広がり続けた教会の力を用いようとしたのだと説明します。いずれにしろ、さらに80年程のちには、キリスト教はローマ帝国の国教となるのです。100年前の大迫害の時代から、いや300年前のペンテコステの日から、多くのクリスチャンが祈り続けて来たこと、すなわち主イエスの大宣教命令、「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、28:20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」 このご命令に忠実であろうとして祈り、行動してきたことが適(かな)えられたのです。
一方、日本の教会では戦後大勢の人々が集ったものの、伝道が振るわなくなったことが言われて久しくなります。余談になりますが、日本の教会が多くの人でにぎわった時代以降現代まで、これは私が社会で働いた時期に重なります。伝道者として用いていただくに至るきっかけは、「この様な状態で天に召されたくない。」との思いにありました。現代において直接的な迫害を受けることは多くはありません。「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。」 このみ言葉をみなさんと一緒に聞き、祈って参りたいと思います。
さて、西暦313年に迫害が終わり、その80年程後にはローマ帝国の国教、国の宗教となったと申しました。では、キリスト教の発展は順調だったのでしょうか? 実はそうではなかったのです。直接的な迫害がなくなると、多くの異端、異なった聖書解釈に悩まされるようになりました。迫害下では表立って争われなかった教理的な違いが顕在化したのです。
実は、これと同じような状況が、現在の日本基督教団にもあります。ここで多くを語ることはしませんが、社会と教会との関係をめぐってのものです。313年以降に顕在化した対立。それは本日の説教題としました「イエスは神」なのかどうかと言う問題でした。現在、我々は天地を創造された父なる神と、み子イエス・キリストはその本質において一つだと、聖書を理解し告白しています。
しかし、次の様な異端があったのです。「父なる神と、み子イエス・キリストはその本質が似てはいるが同じではない。父なる神の方が上だ。」と言うのです。ここからいろいろな説が唱えられました。「イエス様は神様のおっしゃること、み心を正しく聞き、そして行ったので、神様が養子になさったのだ。」とか、「神が同時に三位(さんみ)ではあり得ない。旧約聖書の時代は「父」として、イエス様の誕生から十字架・復活そして昇天までは「子」として、そして教会の時代であるペンテコステから、今日のこの時までは「聖霊」としていらっしゃるのだ。」あるいは、「人間イエスの持っていた人間性は、バプテスマのヨハネから洗礼を受け聖霊が鳩の様に下った時から、神としての性質に吸収されたのだ。」
いかがでしょうか、理性的で理解しやすい説明ではないでしょうか。しかしこれらはいずれも主イエスが神であることを否定し、この世界の創造主である父なる神と同一の本質ではなく、一段階劣った者であることを主張するのです。もしそれが本当であるならば、もはやイエスは絶対に正しい方ではあり得ません。 
ここに掲げた十字架も、立派な人の死の記念碑に過ぎないことになります。そうではないのです、キリストは父なる神とその本質を同じくする方なのです。もっと言えば、神そのものです。神がこの世に人の姿をとって降って来られ、十字架の道を歩まれた。ここにキリスト教の本質があり、私たちは愛の神の本質を見るのです。
私たちは主イエスを信じて従い、主イエスは私たち共に歩んでくださり共に重荷、それは苦しみであり悲しみであり困難でありましょう、共に重荷を担って下さる。その時私たちの心は燃えるのです。喜に満たされるのです。その時、私たちの人生は悪魔の支配から解放され真の自由を得るのです。
使徒パウロは第一戒「20:3 あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。」を破って、「イエスなる人物を神にまつり上げる悪魔の手先」なのか? この問題を残してきましたが、全く問題ありません。父なる神とみ子イエスは二人の神では無いからです。その本質が一つである一人の神だからです。豊かな神の働きかけ、これを神の愛と呼びますが、神様の愛に感謝しご一緒に豊かな人生を歩んで参りたいと思います。イエスは神なのです。祈りましょう。