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山形六日町教会

2017年3月12日

聖書:サムエル記下7章1~22節 コリントの信徒への手紙Ⅰ6章19~20節
説教シリーズ サムエルに聞く-9「拒絶なさる神」波多野保夫牧師

昨晩は東日本大震災6周年の記念礼拝を守りました。今なお重荷を負う方々に主の豊かな慰めと癒しが与えられます様にお祈りします。
受難節第2週の礼拝となりました。本日与えられました聖書箇所は先週のすぐ後の箇所となります、サムエル記下7章1節から22節までです。大変長い聖書箇所になりますので、5節から7節だけを読んでいただきました。他の部分はご一緒に読んで参りたいと思います。
6章でダビデ王は、ダビデの都と自分の名でよばれる新しい首都、エルサレムに盛大なパレードでもって「神の箱」を運び上げようとしました。しかし、その途中に起こった事件。それは「神の箱」に思わず触れてしまった者が聖なる神に打たれると言う出来事でした。私たちは罪を激しく嫌われる「聖なる神」への恐れとともに、その神が一人子主イエス・キリストを私たちのところへ送って下さった神であることを賛美しました。十字架の出来事を思う時でありました。そして、讃美歌459番「飼い主わが主よ」は「われらは主のもの、ただ主を愛す」と歌う祈りの言葉ですが、最後に「アメーン、その通りです。」と同意する告白の言葉で終わったのです。
サムエル記下、7章1節です。7:1 王は王宮に住むようになり、主は周囲の敵をすべて退けて彼に安らぎをお与えになった。この時期、ダビデ王はペリシテを始めとする周辺の敵を平定して、ダビデの町と呼ばれますエルサレムに王宮を建てることが出来ました。この様子を聖書は極めて簡潔に告げています。サムエル記下5章10節以下です。5:10 ダビデは次第に勢力を増し、万軍の神、主は彼と共におられた。11 ティルスの王ヒラムはダビデのもとに使節を派遣し、レバノン杉、木工、石工を送って来た。彼らはダビデの王宮を建てた。12 ダビデは、主が彼をイスラエルの王として揺るぎないものとされ、主の民イスラエルのために彼の王権を高めてくださったことを悟った。長い間繰り返されて来た戦いも止み、平安を得たダビデ王が、「神の箱」をエルサレムに迎えようとした時の出来事が、先週の聖書箇所6章でした。最終的に「神の箱」はエルサレムに到着し、幕屋の中に安置されたのです。5章2節。2 王は預言者ナタンに言った。「見なさい。わたしはレバノン杉の家に住んでいるが、神の箱は天幕を張った中に置いたままだ。」神の箱は車に載せて移動しましたが、イスラエルがペリシテとの戦に大敗した際、次の戦いでは戦場へと運んで行ったのでした。この時、彼らは神を礼拝するのではなく、「神の箱」を礼拝すると言う偶像礼拝に陥っていたのでありました。またも、戦いに敗れ「神の箱」はペリシテ軍に奪われてしまいます。7か月後に返還され、それ以後20年間「神の箱」は静かに安置されていました。政治的安定性を確保したダビデ王は、「神の箱」を首都エルサレムに招きいれて幕屋に安置しましたが、彼は神様がおいでになるのにふさわしい場所として、壮大な神殿の建設に思い至ったのであります。
イスラエルが今日の安定を得るまで、数々の危機的状況の中で、共にいて下さり力を与えてくださった偉大な神に捧げる神殿。それを実現できるのは自分だけであり、最もふさわしいのは自分だと思ったのです。祭司ナタンにも、ダビデ王のこの考えに反対すべき理由は全く見つかりませんでした。しかし、神のお考えは違ったのです。先ほど読んでいただいた5節以下です。あなたがわたしのために住むべき家を建てようというのか。6 わたしはイスラエルの子らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、家に住まず、天幕、すなわち幕屋を住みかとして歩んできた。7 わたしはイスラエルの子らと常に共に歩んできたが、その間、わたしの民イスラエルを牧するようにと命じたイスラエルの部族の一つにでも、なぜわたしのためにレバノン杉の家を建てないのか、と言ったことがあろうか。神は神殿を建てるとのダビデの願いを拒否なさったのです。本日の説教題を「拒絶なさる神」としました。
私たちの願いを神が拒否される。祈ったことがかなえられない。そんな経験をお持ちではないでしょうか。長い人生のなかでその様な経験が無いとしたら、それは大いなる感謝を神様に捧げるべきでありましょう。
既にいろいろな時に申しましたが、2009年、私は会社を60歳で退職した後、東京神学大学へと導かれました。これはアメリカに出張した際、多くの方が大きな喜びを表しながら礼拝に出席している姿が印象に残っていたからです。それは、日本の多くの教会が悩んでいる会員減と高齢化とは全く無縁の姿でした。日本には明治期にアメリカからの宣教師の影響を受けて建てられた教会が多くあります。ルーツは同じはずなのです。そこで60歳まで典型的なサンデークリスチャン、すなわち日曜日には教会に行き礼拝に出席し、日曜学校での奉仕をしたり、いっぱしのことは言うものの、週日教会のことを考えることはほとんどありませんでした。そんな私の社会生活の時期は、日本の教会が元気を失っていった時期に重なるのです。御国に召される日までになんとかこの傾向を変えたい、その為のヒントがあのアメリカの教会にあるのではないか。しかし、それを学ぶには神学の基礎が必要ではないかと思い、伝道者として立てられる強い願いを持たぬままに入学した東京神学大学は、まさに伝道者養成の専門学校でありました。2012年、卒業年次の最初に学長面接がありかねての望みを申したところ、「長い間の祈りならば良いでしょう。しかし、神学校には伝道者を派遣する義務があります。9月までに受け入れ教会をはっきりさせて下さい。」とのことでした。いろいろなつてを用いて受け入れ教会を探しましたが全くダメ。夏には直接リクエストの手紙を何通も出し始めましたが、返事すらくれません。卒業論文提出時期と重なるこのころ、赤とんぼが飛び始めたのです。私の計画は神様のみ心に副わず、祈りは聞かれないのかと焦った次第でしたが、最後の最後になって思ってもみなかった土地の一つの教会だけが返事のメールをくれたのです。1年後の2013年春になって次の年の4月から派遣される教会の推薦を東京神学大学にお願いしました。通常9月ごろには派遣先の内示がなされるのですが、なかなかいただけませんでした。そして秋も深まったころ、いただいた推薦はかつて一度だけ通過したことのある町の教会であった次第です。全てが神様のご計画のもとにあるのだと、感謝しております。
自分の願いが聞き届けられなかったこと、あるいはそれとは異なったものが与えられたこと、そんな経験を思い出して下さい。そしてその後どうなったのかに思い至してください。きっと、それが神様のご計画であったのでありましょう。
ダビデの場合、神殿を捧げたいとの望みは受け入れられませんでした。その栄誉は息子のソロモンに与えられたのです。なぜ彼が神殿を捧げることを神は拒否なさったのか。歴代誌上28章3節で神は語られます。『あなたは戦いに明け暮れ、人々の血を流した。それゆえ、あなたがわたしの名のために神殿を築くことは許されない』これが「聖なる神」の御心でした。8節から17節まで神は預言者ナタンを通して語られました。羊飼いであった少年ダビデに恵みを与えて、ついには全イスラエルの王にまでしたではないか。これからも私はお前と共にいる。10節です。もはや、おののくことはなく、昔のように不正を行う者に圧迫されることもない。11 わたしの民イスラエルの上に士師を立てたころからの敵をわたしがすべて退けて、あなたに安らぎを与える。主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。イスラエル民族は昔から周辺の国との戦いに明け暮れていました。ペリシテを始めとする周辺の国だけではなくエジプトも隙あらばと、狙っていました。その様な中、ダビデ王と息子ソロモン王の時代は比較的平穏であり、イスラエルは大いに栄えたのです。 主があなたのために家を興す。これはダビデ王朝を建てる、すなわちダビデの家系がイスラエルの王を継ぎ、その王たちを慈しむとおっしゃるのです。14 わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって彼を懲らしめよう。15 わたしは慈しみを彼から取り去りはしない。あなたの前から退けたサウルから慈しみを取り去ったが、そのようなことはしない。16 あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる。ダビデの望み、神の為に神殿を建てたいとの望みは退けられました。神のご計画は、平和な時代を過ごすことになる息子ソロモンに神殿を捧げさせることでした。しかしダビデに対して神は彼の望みとは違うご計画、素晴らしいご計画を準備されていたのです。それは「主があなたのために家を興す。」でありました。
先ほど申し上げて私の神学校卒業後の望みは、簡単にはかなえて下さいませんでした。もっと遡って学生時代、会社に勤めてから、30年間用いていただいた母教会での長老としての奉仕において、私の計画が聞き届けられなかったことはたくさんありました。これは皆さんも経験がおありでしょう。私の場合は、今この様にして皆さんとご一緒に聖書のみ言葉を聞いているのです。これが神様のご計画であったことに感謝しております。
ダビデ王の後を継いだソロモン王が神殿を捧げることが出来ましたが、彼が亡くなったあと、紀元前930年ころイスラエルは北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂してしまいます。そしてその200年後、北イスラエル王国は紀元前722年にアッシリアによって、また南のユダ王国も紀元前587年にバビロニヤによって滅ぼされてしまいます。神殿は破壊され人々はバビロンへと連れ去られたのです。いわゆるバビロン捕囚です。ここで、「主があなたのために家を興す。」ダビデ王朝がとこしえに堅く据えられるとの約束は途絶えました。紀元前536年、ペルシャによってバビロン捕囚から解放されたのちも、ダビデ王朝の復興は無かったのです。
しかし、今私たちは知っています。主イエスが真の人として、ダビデの家系から生まれたことを。マタイ福音書1章1節以下にはその家系図があります。ルカによる福音書2章11節12節、天使のことばです。2:11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。12 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
ローマの信徒への手紙1章2節以下です。1:2 この福音は、神が既に聖書の中で預言者を通して約束されたもので、3 御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、4 聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。
ヨハネの黙示録22章16節。聖書の一番後ろのページです。22:16 わたし、イエスは使いを遣わし、諸教会のために以上のことをあなたがたに証しした。わたしは、ダビデのひこばえ、その一族、輝く明けの明星である。」
主イエスは宮殿に住む王ではありませんでした。そうではなくこの世の王となられたのです。バビロン捕囚以後の人々にとって、神の約束「ダビデの末がとこしえに堅く据えられるとの約束」を信じ続けることは大変な困難を伴ったことだったでありましょう。ほとんどの時代、ペルシャ、ギリシャ、ローマと言う異教徒の大国の圧政のもとに置かれたのですから。そんな中、イスラエルの人々が救い主、あのダビデ王の時代の栄華を取り戻してくれる救い主の到来を待ち望んだのは自然なことでありました。主イエスがガリラヤ地方からエルサレムへ向けて、力強いみ言葉を語り人々を慰め奇跡を行われて進んで行かれた。人々が神の約束「ダビデの末がとこしえに堅く据えられるとの約束」に思い至ったのは自然なことでありました。しかし、ここでも神は拒否なさるのです。ダビデが神殿を捧げようとした、その望みを拒否された神は、イスラエル民族の救い主であって欲しいとの人々の望みを拒否されたのです。
本日はレント第二週です。私たちは今、神が拒否されたその理由を知っています。主イエスの十字架の意味を知っています。神に望みを拒否されたダビデはどうしたのでしょうか。彼は幕屋の中で神の箱の前に座り、そして祈りました。彼の祈りを聞きましょう。18節以下です。18 ダビデ王は主の御前に出て座し、次のように言った。「主なる神よ、何故わたしを、わたしの家などを、ここまでお導きくださったのですか。19 主なる神よ、御目には、それもまた小さな事にすぎません。また、あなたは、この僕の家の遠い将来にかかわる御言葉まで賜りました。主なる神よ、このようなことが人間の定めとしてありえましょうか。20 ダビデはこの上、何を申し上げることができましょう。主なる神よ、あなたは僕を認めてくださいました。21 御言葉のゆえに、御心のままに、このように大きな御業をことごとく行い、僕に知らせてくださいました。22 主なる神よ、まことにあなたは大いなる方、あなたに比べられるものはなく、あなた以外に神があるとは耳にしたこともありません。神によって願いが拒否された時、ダビデは神の前に出て祈りました。私たちが願ったことがかなえられない時、私のそして皆さんの人生において必ずやそんな経験がおありでしょうし、これからもおそらくあるでしょう。神の前に出て祈るのです。“チョット待ってください、ダビデは預言者ナタンを通して主の言葉、すなわち「ダビデの末がとこしえに堅く据えられるとの約束」を聞いているから神の前で感謝の祈りを捧げることが出来たんじゃないですか。”この様におっしゃるかもしれません。確かに私たちは、ナタンの告げる言葉を聞くことはありません。しかし、私たちは聞くのです。主イエス・キリストの言葉を聖書を通して聞くのです。マタイ福音書1章23節  1:23 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。そして、マタイ福音書の一番最後の言葉。28:20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。私たちの願いがかなわない時、私たちはダビデと同じように祈ることが出来るのです。なぜなら主が共にいて下さるからです。
本日の説教題を「拒絶なさる神」としました。レントの時にあって思い出される神様の拒絶。祈りが聞かれない最大の悲劇。それはゲッセマネの園でのイエス様の祈りではないでしょうか。  26:39 少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」そしてその翌日の出来事です。  27:45 さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。46 三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。しかし、この神様の拒絶は3日目に栄光を与えるためのものでありました。天使は墓に行った女たちに告げたのです。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』神殿を捧げたいと言うダビデの願いは神によって拒絶されました。しかし彼はナタンを通して「その末がとこしえに堅く据えられるとの約束」を聞きました。 十字架と言う杯は主イエスから過ぎ去ることはありませんでした。それは主イエスの復活と言う神様のご計画の準備のためでありました。
私たちの願いは神によって拒絶されること、聞き入れられないことが確かにあります。しかし、私たちは偉大な神様のご計画の中に置かれています。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。ダビデの願った神殿、すなわち神が宿られる場所はいまキリストによってわたしたちの中に建てられています。 市川長老に読んでいただいたコリントの信徒への手紙Ⅰ 6章19以下をもう一度お読みします。6:19 知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。 祈りましょう。